『 アラタノオー 』
ガンチャナブリで数日を過ごし、クルンテープに帰る日のことだ。
親しくなって、毎日のように借りていたバンガローに遊びに来ていた気のいいサームロー(三輪)運転手の青年が、「見送りに行く」と言うので、駅まで送ってもらった。
次のクルンテープ行きまでは少し時間があって、まだ窓口が開いてない(途中駅は大体10分前くらいでないと開かない)。
で、「ありがとう。もういいよ」って言って、所在なげに駅舎の中をグルリと見回すと……僧侶席に一人のお坊さんが…。
するとサームロー君がポツリと、
「あのお坊さんは、日本人…」。
「まさかー。そんなことないでしょう」
そのあと、地元のおばちゃんに「市場まで行って」って言われて、このまま電車が来るまで付き合わせたんじゃ申し訳ないなって思ってたおいらは、ま、ホッとしてお別れを言ってのだったが、どうも彼の言ったことの真意が測りかねてた…。
見たところ、中国系が半ば混じったお顔立ちのタイのお坊さんだ。
僧侶席で身じろぎもせず瞑想してらっしゃる…。
が、やがて、ザワザワと空気が動き、待っていた10人ほどの人が動く気配。
窓口が開いたのだ。
見ていると、お坊さんはゆっくりと目を開き、静かに席を降りて、窓口に近付く。
と、人々は遠慮して、お坊さんに順を譲る。
ついでに外国人であるおいらにも譲ってくれる。
で、おいらは、お坊さんの後ろに並ぶことになる。
で、問題はここからだ…。
「バンコク、トゥー」
「Ha?」
「バンコク…トゥー…」
「To Bangkok?」
「……(汗)」
おいらは即座にこのお坊さんが日本人であることを知った。
で、後ろから窓口の駅員に向かって、
「パイ・ク(ル)ンテープ!」
と言った。
鷹揚に頷いた駅員氏は発券しようとしたが、お坊さんはおいらを振り返って二本指を立て、「ふ、ふたり…」って。
で、おいらは、慌てて「ソーンコン」って、追加する訳だけど…。
「日本の方ですか?」ってお坊さん。
「は、そうですが。お坊さんこそ、日本から?」
それが縁で結局、車中を共にし、遂にはおいらの『タイの僧院にて』体験にまで結びつくことになったのだけど…。
「ふたり」の訳は、なんと、プラットホームに、これまた日本人のメーチーが待っていたのだった。
メーチーと言うのは、見た目には、お坊さんのサフラン色に対して白いコロモを着た尼僧。
「見た目には」と言うのは、メーチーは尼さんではないから。
一般に女性の強いタイだけど、宗教上のジェンダー差別は厳然とあって、女性は僧にはなれない。が、お寺に住んで、一定の修行をしたり、雑事をタムブン(施行)することを、サンガ(仏教界)は許している。
驚いたね、最初。
だって、お坊さんがメーチーと旅するなんて。女性とは、袖触れ合うもご法度と言う、厳しい戒律のタイ仏教だぜー。
ま、先を急ぐけど、この方、僧名(と言うのが付く)をアラタノオーと言って、数ヶ月前までは、自衛隊の戦車(当時は特車と言った。今もか?)の整備・修理工場の経営者だった方。その前は、自衛隊の幹部。(旧軍の経験者でもあるらしかった。)
なのにどうして?
なんか、ある日突然「仏門に入ろう!」って、思ったんですって。
で、日本のいろんなお寺の門を叩き、得度を願うのだけど、ことごとく断られ…。
「日本のお寺は世襲制で、いきなり老いぼれが行っても、なんの企みかと不審がられるだけ…」とのこと。
で、ある人に教えられた。「タイに行けばいい。タイのお寺の門は、誰にでも開かれている」と。
で、彼は、工場を息子に「任せる」と宣言し、飛行機に乗ったのだと。
で、タイ語もタイのこともなにも分からないまま、とにかくワット・パクナームに辿り着く。
で、即、剃髪し、得度を受け、高名な僧である副住職に言われたことが、「まずタイを知りなさい。その為にはタイを旅しなさい。タイの人々の暮らしを見なさい。心に触れなさい」
「タイ中、何処へ行っても、寺や村人はあなたを泊めてくれます。食事を捧げてくれます」。
で、おまけに(と言っちゃナンだが)、メーチーまで付けてくれたのだそうだ。
「タイ語が不自由では、なにかとお困りになることもあろう。一人、タイ語の達者なメーチーがいるから、彼女を連れていらっしゃい。ただし、事情の分からない人達の前では、連れだって歩くようなことはしてはいけません」と。
クルンテープまでの小一時間。
そんなことを聞きながら、あっという間に時間が過ぎたのだった。
その間、日本人メーチ−Sさんは、少し離れた席で、モナリザのような微笑を浮かべているのであった。
アラタノオー、そして、Sさん。
今頃、どうしていらっしゃるか…。
次回は、おいらのワット・パクナームにおける『三日坊主』体験について。
daaw版『タイの僧院にて』だよー。
なんて、よーするに、一回分の紙数で要領良く書けなかったから、またまた『連載』になっちゃった、ってだけのことじゃん。
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