『 知ってて得するタイ人の仕草 』
ちょっと古い話だけど、深田祐介氏の書いた小説「バンコク喪服支店」をTVドラマ化したことがあって、おいらの仕事ではないのだけど親しい役者の小倉一郎が、なんとタイ人役で出ていた!
小説のモデルになった事件は、当時の滞在者およびタイフリークの間では有名な話でね。
今は合併して確か東京三菱銀行って言うんだっけ? 当時の東京銀行バンコク支店でのことでさ。
タイ人行員に不幸があり、その葬儀に参列するため、行員の代表何人かを勤務時間中ではあるが外出させて欲しい、と言うことを前日に労働組合を通じて申し入れていた。
ところが、東京から赴任して来ていた支店長は、「銀行をなんと心得おろう! 日本じゃ固い仕事で有名なんだ。勤務時間中の外出など、とんでもない!」と、頑として聞き入れなかった。
翌日……。
全員、来るには来た。
しかし、タイ人従業員は全員が喪服を着て、終日、業務にあたったのだった。
日本人顧客はウロウロし、タイ人顧客は全てを理解して取引中止の申し出が相次いだ…と、
この話しは、早出手当ても払わないで始業時間の15分前に行われるラジオ体操と朝礼に参加せよ、と言う日本企業の話と共に、嘲笑をもって世界に広められた当時としては有名な話なのだー。
で、そのドラマをたまたま見た。
「あ、タイが舞台のドラマだ! なんだ、一郎まで出てるじゃないか!」
最初はそんな印象で、食い入るように見たもんだった。
ところがいけない。
一郎ってのは、いまどき珍しいほどの真面目で熱心な役者さ。役作りの研究熱心さを、おいらは知っている。
なのに……嗚呼!
一郎は、確か、タイ人社員(小説とドラマでは何かの製造業に変えられていた)の若者代表みたいな役でさ。ま、タイ人の主張を日本人側に伝えに行ったりするのだが、なんか日本側の懐柔も激しくて、その狭間で煩悶する…みたいな役だったように記憶しているが(ほとんど忘れてるので違ってたらゴメン)、どう見てもおかしいんだよね。
タイ語がおかしいのは、まぁ分かる。それでも、杉村春子の名古屋弁よりは遥かに上手いタイ語を操っていた。台詞一本づつを現地のスタッフから口伝えで丸暗記したことが伺える。だから、「いいぞ! 一郎!」って言ってやりたかった。
ところが、なんか違う! 細身で小柄なところなんかタイ人そっくりなんだけど…、なんか違う…。
そこで、気付いた! 仕草だ。仕草が違う! タイ人特有の仕草ってものが、あるんだ、って気付いた。
一郎は劇中で、何度か「うなづく」芝居があった。
それを彼は「ウンウン」と、首を上から下に振り下ろしていた。
これって、日本じゃ当たり前。ってゆーかー、日本人はそんな事いちいち考えずにそうしてるんだよね。
今、おいらに言われて、「そんなものか」とか、「そう言えばそうだねー」って感じだよね。
これが、タイ人だと、「ウンウン」と、下から上に顎を上げ下げする。
インド人だと首を右に傾けるけど…。
タイだと下から上に…。
こんな日常的な仕草が、面白いことに、なんか、国によって違うんだよねー。
これを知ってて、なんの得があるかって?
タイ人のふりが出来る…。
ちょっと苦しいので次は実用的な仕草を。
タクシーを確実に停める方法
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
勿論、走って来た空車に向かって手を上げる。
なんだけど、その手の上げ方に問題があってね。
日本式(?)だと停まらない。
「オース!」って、挨拶してるみたいにしか見えないから。
「あいつ、何アイサツしてんだよ。俺、あんなヤツ知らねーよ」って、行ってしまう。
停めたかったら、手を水平に出す。手の平は運転手に良く見えるように広げて、手の平が見えるように出す…は、間違い。
ただ、自然に水平に(きちっと水平にすることもなくて、手というものは自然に出すと、手の平が下を向いて「ほとんど水平」になるものだ)出す。ってのが正解。
先を多少ヒラヒラさせるのはいいが、あまりヒラヒラさせ過ぎると「バカにしてるように見える」と言った運転手クンもいたなぁ…。
合掌の形
~~~~~~~~~~~~~
日本人の合掌は、手の腹(前項では手の平と書いていたけどこうも言うよね)をほとんどくっつけて、指先はほとんど真上を向くよね。
タイ人の合掌は、合わせた手の平の間に少ぅし空気を貯めるようにして、指先は相手(仏さまだったり人だったり)の頭の上辺りを向くようにする。
つまり、合掌の形は仏さまに捧げる蓮の花(の蕾)の形で、その花は仏さま(または向き合ったあなた)に捧げます、と言う形を取ることなのだ。
日本だと、「スマンスマン」「カンニンやでぇ」って手を合わせたりするが、タイではそんな合掌はない。ついでに言っとくが「ありがとう」で合掌することもない。
合掌(waai= 高い所から上げ調子で発声し最後は下げる=と言う)は、あくまでタイの人々の敬虔な仏教徒としての生活習慣から来ているのだ。もう自然と体に染み付いた行動哲学とも言える。
仏前にあっては、「あなたに帰依しています」「どうか来世(只今以降の未来を含む)を、より良いものにして下さい」と手を合わせるのであり、僧に対しては「私達の為に苦労を一身に背負って227もの戒律を守る厳しいお暮らしをなさっておられるお坊さま、感謝してますよ」「どうか今日は、私のより良き未来のため、tham
bunをさせて下さいね」と手を合わせるのだ。
相手が人の場合も基本的には「人もまた仏なり」と言う考えを持っているので同じだけれど、ま、人の場合は「chook
dii na!(いいことがありますように!)」と言う別れの挨拶があるように、別れる時の合掌ならそんな気持ちを込めるのだし、会った時の合掌なら「(仏さまに対するのと同じように)あなたを敬います」との心を込めているのだ。
旅行者は決して、「スマンスマン」や「こんにちわ〜」の代わりにwaaiをしてはいけないのだ。
ついでに、仏前に手を合わせる時の作法を言うと、まず座る。これは正座でなくてもよい。
要点は絶対に足先が仏さまの方に向かないようにする。
よくあるのは横座り…って言うのかなー? 両足を右とか左とかに(タイでは右が多い)流した座り方。
んーーー? 帰って分かり難いかぁ? お尻は床についてるの。そして、足先を仏さまの方に向けないように、そうだ! 日本だと「どうぞ、足をお崩しになって」って言うが、そのお崩しになった座り方さ。
大の男でも、そうだから、なんか慣れない内は可愛く見えたりする。
で、合掌は3回。これは「仏・法・僧」の三位それぞれに合掌するってこと。
合掌した手をほどきつつ頭(こうべ)を垂れて、これは床に付けるまで。
手は自然に、床に付けた頭の両側で床に置く形となると思う。
ヤッキュー
~~~~~~~~~~~~~~
たって、野球じゃない。
タイ人(特に男性)は眉を動かすことが得意だ。
…と思えるほど、よくヤッキューをする。
つまり、ヤッキューとは、無言の内に眉を上下にピコピコと動かすこと。
これはいろんな時にやるが、いずれも、相手に、この眉の動きを見せることで、ある感情表現とゆーかー、意思伝達ってゆーかーを、しているのだ。
台詞を使わずに目にもの言わせる…違うか? 目は口ほどにものを言い…ま、よく分からんがそんな感じだ。
「おっ、やるね〜(賞賛)」
「いいじゃん!(同意)」
「行け行けー!(そそのかし)」
「これから彼女と…そりゃどーも、ゴチソウさま!(冷やかし+好意)」
知らないと、「なんだコイツ! 俺をなめとんのか?」って風に取れるかもしれないが、親しみや好意を感じた者にしかしないアクションだから、これをされたら喜んでいい。
そしてヤッキューで応えるのだ。(練習が必要だぞ。)
膝折礼
~~~~~~~~~~
って、いきなり言ってもわかんないよねー。
あのバレー(踊りの)の振りにもある、膝をなかば曲げて行なうお辞儀のことなんだけどね。
何事もヨーロッパに近いタイは、お辞儀もヨーロッパのカートスィーと同じだ。
と言っても、町中ですることは少ない。
社交界に縁のない我々としては、これが見れると言ったら学校だね。
先生に採点してもらったテストを返してもらう時なんかは、一人一人前へ出て、先生の前でちょこんと膝折礼をする。みんなちいちゃな貴公子みたいで格好いい。そうすると先生はテストを返して下さる。
日本なんかだと考えられないよね。
「ウザッタイことやってんじゃねーよ!」なんて、生徒から罵声が飛んで来そうだね。
これは、何も小学生のことを言ってんじゃない。大学生でもそうしているのだ。
タイ人の家に遊びに行くと、よく額に入れた家族の写真が飾ってある。
よくあるのが卒業式の卒業証書授与の場面。
大学の場合だと、学校にもよるが、大抵あの早稲田のと同じ座布団帽をかぶり、あっ!今、気が付いたが、この場合は膝折礼ではなかったよ! ゴメン!
片膝を床に付けて頭を垂れる「半下座」という、もっと丁寧なお辞儀だった。
で、間違いついでに言っておくと、大学の卒業証書授与は、国王または皇太子がなさるのだ。
卒業生一人一人に、手渡されるのだ。
そのくらい、この国は教育ということを大切に考えているのだろう。
また、教育者と言うものが尊敬されてもいるのだ。
で、日常のテストとか提出した宿題の返還なんて時に行うのが、膝折礼(カートスィー)って訳。
これも日本人から見たら、タイ人の仕草ってことになるよね。
知ってて得するかどうかは……ん〜〜? いよいよ羊頭狗肉のタイトルだってことがバレて来たところでお開きとするか。
(スマンスマン…で、合掌! ん?)
次ページ 前ページ メニューに戻る
| 広告 | [PR] 花 再就職支援 わけあり商品 冷え対策 | 無料レンタルサーバー ブログ blog | |