『 命の映画 』
「10%もいないよ」。
我が愛すべき教え子の一人に姫という人がいる。
時々、電話をくれて「お〜い、生きてるかー?」って、それはすごいタメグチをきくおかぁさんなんだけど(あ、声はカワイイって言っといてってことだから言っとく)、たまたま今日も「生きてるかー?」って来たので、これ幸いとーーー
「ちょうどいいところに電話をくれた」
「えー?なんですかー?(無心されるんじゃないかと構えてる)」
「コラムのネタなんだけど、何がいいかなぁ…?」
「あ(明らかにホッとしている)、それなら映画ですよ」
「映画?」
「前に聞いたタイの映画館って、なんかすごそうじゃないですか。なんか、お辞儀とかもしなくちゃいけないんでしょ? 変わってて面白いですよ」
「でもなぁ…」
「なにかご不満でも」
「そういうのって、みんな知ってるよ」
「知らないですよ!」
「そうかなぁ…。メルマガを読んでくれてる人の内、タイで映画館に入ったことある人って…」
その次の台詞が冒頭のものなんだけど…。
で、もしそんなものだったら書こうと思ったのがタイの映画館や映画のこと。
もし、そんなの知ってらい! って方は、ゴメンね!
姫に以前に話して面白がったというのは、まず指定席のこと。
タイの映画館は大抵、指定席になってて、テケツ(切符を買う窓口)で買う時にパソコンのモニターやシートを見ながら、指差して指定するの。
30・40・50バーツ(以下Bで表わす:1B=約3円)とか、最近の豪華シネコンプレックスなんかだと、50・70・100Bとかに、等席が分かれてる。
前の方が高かったりする。
最近は、飛行機のファーストクラスの椅子みたいなスーパーシートとかカップルシートってのもあって、それだと200Bだとか300Bだとか。
「お辞儀」ってのはお辞儀じゃなくってね。
本編が始まる前に起立をしなくちゃ、って話。
日本と同じようにCMがあって、で、本編なんだけど、その前に国王の行幸シーンを編集したショートピースが映されるの。
サウンドは国王讃歌。
なんだかなー…って思うかもね。
でもね、自慢じゃないけどおいら、どっちかとゆーとー反体制派。なのに、タイの王様ってエライと思う。
だって、王様は働いていらっしゃる。
セメント会社とか製粉会社とか経営されて、公務の間には品質チェックに工場へ行かれたりとか。
他にも王室財産管理局を通じて銀行その他に投資されてて。
そんな経済活動から上がる利益を持って、田舎に視察に行かれて、
「ここには灌漑設備が必要だろう」
なんておっしゃって、お金をそんな所に使われるという。
そんな王様だってこと、国民のみんなが知ってるから、行幸に行かれた先なんかでも、
「わずかですが、このお金を王様のプロジェクトに使ってください」
って言って、貧しい農民達が皺くちゃの20B札なんかを手渡すんだよ。
王様は、そんなお金を一人一人からお受け取りになり、
「ありがとう、ありがとう」
とおっしゃる。で、お金が手一杯になると、侍従にお渡しになって、また、老婆や農民達の方に向かわれる…。
どうだい。何処かの…ってゆーかー、大抵の国の王様や天皇と違って、国家予算から莫大なお金を貰ってる…ってのと、まるで違うんだよ。
だから、おいらなんかも、この国民達が慕い尊敬して起立するのに合わせて、起立してるって訳。ま、みなさんには強制しないけど。
あと、タイの映画館ってゆーとー、音がいいね。
パリパリのデジタルサウンドでさ。
シャキーン! とか、ドドドーン…って重低音が凄かったりさ。
因みに、アメリカ映画などは、大体において日本より封切りが早いから、英語の達者な向きにはここで観るってのも良いかも。
以上は映画館だけど、今度は映画ね。
タイで上映されてる映画ってのは、大まかに言ってアメリカなどの外国映画・中国映画(香港が多いが北京電影など大陸の作品や台湾の作品が共存してるところが面白い)・そしてタイ映画がそれぞれ3分の1ずつって感じ。
この内、タイ映画が面白いのだけど、中国映画だってタイ語のポスターだから入る時には注意しなければならない。
しかも面白いことに、タイ人はあまりタイ映画と中国映画を区別していないのだ。
テケツで、「これはタイ映画なの?」って、シッカリ聞いて入っても、中国映画だったりしたことがある。
で、タイ映画だけど、これもジャンルがバラエティに富んでる。
ラブ・コメディ、アクション物、時代劇、怪奇物など。
ここ15年ほどは外国ロケ作品も多い。チョットしたラブ・コメディなんかでスイスのマッターホルンを背景にスキーしてたり、とか。
ところで、「命の映画」ってのがあるんだ。
nang chiiwit ナン(グ)・チーウィッ(ト) って、発音するんだけど、
ナン(グ)が「映画」。チーウィッ(ト)は「命」ね。
フツー、日本や欧米では、ドラマは大別して、喜劇と悲劇だよね。
タイでは、同じ悲劇でも「(単に)悲しい映画」と「命の映画」とに区別して考えるのだ。
じゃ、命の映画とはどんなものか?
日本だと社会派って言うね。
変節する前の○○○監督だとかが、そんな風に言われたことがあるけど…。
フランス、イタリア、ロシアではリアリズムって言われたものがある…。
そして、ヌーベルバーグの新しい真面目な視線と言うか…みたいなもの。
これら、3つの要素が一緒になったようなものが、nang
chiiwit 命の映画。
あくまでおいらの解釈だけど…。
タイはね。ハリウッドのスチャラカ・SFX・CGアクションと香港のカンフー映画の挟撃に遭いながらも、実に真面目で、テーマ的にもまさに時代の要請と言ったナン・チーウィッ(ト)を、年に何本か撮ってる。
日本やアメリカなら、覆い隠してしまいたいような不正や貧困…。
そんな社会的な問題意識を、多くは悲劇の形を採りながら、情感的にも優れた映画に表現してる。
それが、ナン・チーウィッ(ト)「命の映画」なんだ。
そう言えば…って、突然、話しは教科書問題に変わるんだけど。
なんて言うと、引いちゃうよね。
いや、教科書問題じゃないんだけど、タイの子供達が6歳になって小学校に入ってすぐに貰う一冊の教科書。
これをおいらが初めて見た時は、本当にビックリしたよ。
タイ語をお覚えたての頃でさ。
当時のおいらの得意技と言えば、子供と遊ぶ、ってこと。
当時、泊まってたホテルのすぐ裏の方がスラムになっててね。
そこの子供達と友達になっちゃうんだ。
で、タイ語を学ぶ。
数字の発音なんかは、子供から教わったもんねー。
それはまぁいいとして、教科書だけど。
1年生として入学すると、しばらくはこれ一冊と言う教科書が貰えるのね。
まぁ、後で考えたことなんだけど、言ってみれば、「道徳」「理科(生物)」「保健体育」「ゆとりの自由研究」に「国語」を合わせたような教科書なんだ。
そして、一番最初に学ぶのが「ヒトのからだ」っての。
子供向けとは言え、マンガじゃないしっかりとした解剖学的イラストが付いててね。
で、読んでもらうと、ヒトの命について書かれてるんだね。
命を大切にしましょう。
ヒトの命を見詰めましょう。
ヒトの命を脅かすものは、害獣でも争いでも悪いもの。
どーお?
驚かないか? おいらは、驚き、いたく感心したもんだ。
波板トタンを壁代わりに打ち付けただけのスラムの家で、一所懸命に瞳を動かしながら読んでくれたその子達の汗臭い匂いを嗅ぎながら、「恐るべし! タイ!」と、思ったものだった。
はたして日本で、
rian chiiwit 「命を学ぶ」なんてことが、行われているのだろうか…。
さて、そして、今おいらがしようとしていることは、こんな国で、こんなことを学び、こんな映画を見てきた人達の中に入って、
『 a love story 』って映画を撮ることだ。
『 a love story 』は、単なるラヴ・ストーリーだけど、
ちょっぴり、nang chiiwit でもあるんだ。
次ページ 前ページ メニューに戻る
| 広告 | [PR] 花 再就職支援 わけあり商品 冷え対策 | 無料レンタルサーバー ブログ blog | |